Piano Lesson / ピアノレッスン

ある雨の日に思い出す、憧れの人との特別な時間。ふたりだけの秘密のレッスン――

MUSIC

LYRICS

「泣かないで」 雨音 囁いた
焦らず、溶けるまで 寄り添う君に

凭れた首すじに 流れるソルフェージュ
蕾が確かめた 初めて知るやさしさ

春の雨 満たされない花に
教えてくれたのは いとしい気持ち

波打つピアノに 指先 重ねてく
聴かせて 見つめていて
初めて出来た笑顔

哀は光降る雨に ほどかれ咲く
口ずさむ歌 天へ飛べ

忘れなきゃ 耳もと 伝う雨
ため息 嘘つきね 続くわけじゃない

教えて もう一度 ふたりで鳴らす音
面影重ねてる 奏でた君にとらわれて

◇ ◇ ◇

石畳をはねる靴音を雨が和らげる昼下がり、傘も持たずに見慣れた小路を歩く。周りより少しだけ姿勢のよい街路樹を曲がると白い洋風の店舗が見える。私が色々な理由をつけては彼に会いにきた場所だ。

ガラス越しに映る鍵盤を見ると思い出す、ここで話した沢山のこと。俯いた心をふわりと包みこむ紅茶の香りと優しいピアノの音。あのひとはただの一度も触れず、隣に寄り添うだけだった。だけど……

静かな夜、いつも導いてくれる彼が見せた儚い表情
沈むソファの上、ふたりわけあった秘密の時間
――引き寄せられた腕の中で、ゆっくり心が蕩けていく。
重なりあった薄紅から残酷なほど心地よい雨が注がれて…
窓辺でひとり傾いでいた花が、初めて覚えた幸せ
忘れられない夜想曲

けれどそれは、彼がくれた最後のレッスンだった

顔を上げると雨は止んでいた、もう彼はいない。
残されたぬくもりが幾度も胸を刺す。

「会いたい…」

言葉にして認めた瞬間、ぽたぽた涙が零れた。
今まで出来なかったはずなのに。
目の前のショーウィンドゥが映し出す素顔を見て、私は…

初めてあなたへの気持ちに気づいたんだ。

◇ ◇ ◇

愛は光降る雨に 揺られて咲く
私の涙 天へ飛べ

靄は痛み知る頃に光になる
口ずさむ歌「傍にいて」

RELATED CHARACTER – 登場人物

STORY | Piano Lesson -ある雨の日の追想

 雨の昼下がり。ひばりは放課後に立ち寄った銀座の楽器店から帰る途中、ふらっとCYGNUSのお店の前を通ります。上品に立ち並ぶ街路樹の先、白い洋風の店舗。ファッションブランドながら午後のひとときを楽しめる喫茶ラウンジが併設されていて、今日も買い物を終えた女性客の歓談が聞こえていました。そんな声を背にひとり裏通り側へ周ると、ショーウインドウ奥に鎮座するピアノが見えます。このピアノは、ひばりを少し物憂げな表情にさせるのでした。

◇ ◇ ◇

 思い出すのは4年前——洋上の大劇団「CYGNUS.CC」が、長期公演で1年間日本に滞在していた時のこと。きっかけはCYGNUS.CCの客船で行われた来港パーティー。アクシデントに見舞われていたひばりを助けたのが航一郎でした。そこから二人の交流が始まり、ひばりは彼に度々会いに行くようになりました。

CYGNUSで季節ごとに開かれる会員向けの催しの日、ひばりは航一郎に先日のお礼をしようと店舗に来訪していました。普段は奇術師として客船で働いている彼が、今日は音楽の仕事でお店に来ると聞いていたからです。

その日はあいにくの雨。フロアにCYGNUS.CC奏楽課の面々が歌と弦楽で花を添える予定でしたが、事故渋滞で遅れると連絡があり、手が空いていた航一郎はスタッフからその場をつなぐよう言われます。彼は少し思案を巡らせます。ピアノ演奏だけでは味気ない、けれど歌のできる同僚は皆揃って席を外している……そこでひばりが声楽を学んでいたことに思い当たります。彼女の歌声に光るものを感じていた航一郎は、冗談まじりに歌ってみないかと提案します。ひばりは突然のことに恐縮するも、何か役に立てるのならばと、勇気を出して誘いに乗りました。

スタッフに連れられ控室でおめかしした後、二人は時間まで少し練習をします。その声を傍で聴いていた航一郎はひばりの些細な癖に気づき、アドバイスをしました。過去に指揮を学んでいた彼の少し厳しいけれど的確な指摘に、ひばりはハッとさせられます。

出番になり、店内に響くピアノの音。可憐な少女の歌声が広がると、立食中のお客さんが一様にその声に耳を傾けます。それまで感情を押し殺すように生きてきたひばりは、情感を込めた歌い方が苦手でした。けれど航一郎が背中を押してくれた今日は、いつもより上手く歌えた気がしました。沢山のお客さんの拍手を浴び、ひばりに微笑みがこぼれます。そんな表情を見て、航一郎は安堵したように優しく言葉をかけるのでした。

ひばりは航一郎を慕い、少しずつ心を開き、自分のことを話すようになっていきます。
まさかそれが、悲しい運命の引鉄となるとも知らず――

◇ ◇ ◇

 航一郎が姿を消してから、ひばりは何度もお店を訪れては、通りすがる人にその面影を重ねていました。
そしてあの時と同じ雨が降る日、ついにその気持ちが溢れ……

ひばりがそんな風に感情を露わにしたのは初めてでした。
その瞬間、不意に頬に雨が伝います。涙を隠すように流れる雫、それは最後の日に、彼が触れてくれた指先…….
悲しみを溶かし優しく撫でるような、あたたかい感触と同じでした。

CREATORS – 著作者

Composition: Treow
Lyrics: 時透 & NaturaLe

RELATED PRODUCTS – この楽曲を収録した作品

PAGE TOP